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解毒される日常

東京の学生の日記、聞いた音楽の感想とか。

妄想の強度

先日の時雨のライブ以来、ライブの感想とは別に各楽曲について考えを巡らせていたら、凛として時雨の歌詞に関する解釈の先駆者がいた*1

前述のとおり「i’mperfect」もとい“Missing ling”が一つのターニングポイントであることは僕も同意見です。また、時雨の楽曲に一貫して「自分とその彼岸に分裂したfakeとしての自己を対置させて語る」ことと「fakeである自らが評価されることに対する苛立ちを吐露する」ことが通奏低音かのように組み込まれていることにも説得力があるように思える。“テレキャスターの真実”とか単にTKがテレキャスターを間違えて買っちゃった話だとばかり思ってた(実際そうらしい)けど、どうもそれだけじゃない何かが根底にあるなってことが見えてくる。

暗闇の中に潜むテレキャスター
君が見てるのはレスポールの残像
鮮やかな夕景Style The密かなる行為 君が見てるのはレスポールの残像
テレキャスターの真実はレスポールの残像

例えば、この曲の終わりを締める「絶望の真実は絶望の真実」という歌詞だが、TKにとっての「真実」は初めから「残像」として二重化されたfakeでありその結果としての同語反復だということで、説明が一応つく。
また、おそらく時雨が有名になった曲として“Telecastic fake show”があるが、あの曲はfakeである自己への嫌悪と、そこに介入・自己投影してくる他者への嫌悪が、激烈な感情・サウンドとなって歌われている。

狂わされた存在に いつか目を覚まさないで
僕も知らない 不気味な君達の投影に
僕を知らない 愉快な君達が居なくなるように

このような、分裂した自己と自己の間に介入してくる(憧憬のまなざしで、自己投影してくる)他者への苛立ちを認めたうえで、それが自己のfakeさと表裏一体である以上、全否定できずに苦悩する、というTKの態度は「i’mperfect」で一つの到達点を迎えたように思う。だからこのアルバム中の曲“キミトオク”では分裂したfakeとしての自己の完成を「偽物の完成形」として歌い上げる。

偽物の完成形 偽物に勘づいて
大体嘘だろう? 幻を抱きしめて
これが僕の描かれた命だから
何をしたってさ 満足だろ

ここまでは、さっきの記事で語られていた事とそう変わらない。これから書き手が考えてみたい事は「i’mperfect」以後の曲についてである。それからの凛として時雨は、曲に何を乗せて歌っているのだろうか。これまでに公開されている楽曲はサイコパスでタイアップされたものとして”Enigmatic Feeling”と”who what who what”がある。どこかのインタビューによると、後者のほうが先に出来ていたそうなのでこちらから見ていくことにする。
”who what who what”では、これまでと同様に他者への嫌悪と、その裏返しとしてのfakeとしての自己(=君)が直接的に歌われるとともに、以前にもまして他者に対する懐疑をより深めているような表現が散見する。

本当は震えてる 名前も分からない
君のこと全部しってるし
涙が出ても何も鳴り止まなくて
息をしてるだけ 心の行方はどこ?
(….)
僕らに見えるのは過激なものだけ
お前も欲しいだろう?

バンドとして音楽的に洗練されてきた結果として、凛として時雨のバンドサウンドに魅了されそれに妄信的であるファンに対し、自分の伝えたいことが果たして伝わるのか、というロック・ミュージックとして必然ともいえる苦悩が見え隠れする。そして、周囲から妄信的に称賛されていくことで満たされることへの違和感と懐疑が最後に表明される。

響く叫びが自分に刺さっていく
感情が去っていく

この曲が劇場版サイコパスの主題歌である点もどこか印象的である。”Enigmatic Feeling”に関しては、分裂した自己に拘泥する苦悩が曝け出されている。

奪われ続けるなら もう狂ってしまうよ
終わりのない「終わり」に僕は息をしなくなって
(….)
紙一重だろう 紙一重だろう 境界線 神は1人なの?
おかしくなって おかしくなって ふいに君を奪ってしまうのだろう
Crazy完全浮遊体 ピントの合わない心に
Shake me 完全浮遊体 鏡さえも覗けない

非常に内向的な曲である。自分の中に潜む分裂した自己とのせめぎ合いの中で「奪われ続け」た結果として「狂ってしまう」ということが語られるものの、それを直視できずにいる状況だと想像できる。この曲にはfakeという言葉は出てこず、代わって「Enigmatic」というEnigma(謎)から派生した造語が用いられている。TKの中で分裂しせめぎ合う自己の境界線のただ中で、その全容をつかみきれずに必死にもがき苦しんでいるような雰囲気を感じさせる。
TKの内面にある「表情」については、「TK from 凛として時雨」としていくらかうかがい知ることができたので、そちらについてもいつかまとめてみたいのだが、ここで一つ言えることは、”Enigmatic Feeling”では「偽物の完成形」を踏み越えた新たな境地を望もうとしている、ということである。それはEnigmatic(謎)という形で提示されている。これが分裂した自己(偽物の完成形)を知らないフリをしようとした結果「謎」という言葉で言い包めているのか、はたまた他の意味を持つのかは推測の域を出ないが、「分裂した自己」という主題の下で今後彼らがどのような変化を遂げていくのか見守って行こうと思う。
勢いで書いたので、雑な議論になってしまったが、また考えがまとまったらだらだらこのテーマで何か書くかもしれない。あと、cabsについてもいつか自分の中で飲み込めたら書きたいです・・・