解毒される日常

遠くの星から眺める

邂逅

この休暇で読んだもの、詩集三冊、室生犀星のエッセイ、罪と罰
それだけ。

もっと沢山読めると思っていたし、家の棚には未読なままの本が堆く積まれている。
それはともかく、詩というものに自発的に触れたのはこれが初めてだった。最初に読んだのは「青猫以後」というタイトルの詩集。「アストロノート」という三部構成作品の一つめ。
この作家に出会えただけでも、この休暇を読書に費やしたこと(全然読んでないけど)に意義があったと思う。(この休暇で読んだ詩集三冊というのは「アストロノート」三部分のことだ。一気に買ってしまった。)

 

どこか昔、どこかでこんな風の散文、瓦解する詩とよびうるものを読んだと思った。それは中上健次じゃない方の「一番はじめの出来事」の歌詞カードに付されている文章、あの感じが一番近い。あるいはブログにも同じ匂い、呼吸がする。書き捨てのレベルに差こそあれ、僕はすぐに(いまだに)取り憑かれた(取り憑かれている)。
あの歌詞カードを見たときの感覚がかすかに残っている。その頃の自分はまだ高校生だった。あそこが原風景、自分の中に植え付けられた種だったんだと思う。

 

"シクレノンの花束を大量に積んだタンカーがアフリカへ向かう。"


あの歌詞カードに書かれていたものは散文だったのだと、「アストロノート」を読んで確信し、解散したそのバンドの歌詞カードの続きを想像しながら、僕は自分のなかに生じた空白を埋めようとするだろう。あるいは育てようとするだろう、詩の擾乱によって芽吹いたかもしれない、なんらかの種を。

 

"見ているものでさえ、言葉でさえ、変わっていくのを二人は知っている。"

 

たとえそれが決して意味を生まなくとも。